GOOD DESIGN LECTURE
2018年11月。宮城大学の価値創造デザイン学類において、グッドデザイン賞の受賞者によるレクチャー「Good Design Lecture」が開催されました。第一回目の講師は、2017年に金賞を受賞されたプラネットテーブルの菊池紳氏。食と農を軸とした先進的なデザインのあり方について講義していただくとともに、対話的なワークショップを通じて、ビジネスモデルの構築や効果的な情報発信について学びました。またこのレクチャーの実現に当たってご協力いただいた、日本デザイン振興会の矢島進二氏にも同席いただき、グッドデザイン賞の社会的意義などを解説していただきました。
講師紹介
菊池 紳氏
プラネット・テーブル「SEND」 代表取締役社長
起業家。ビジネス・デザイナー。1979年東京生まれ。投資銀行や投資ファンド等を経て、官民ファンドの設立に参画し、農畜水産・食分野の振興に従事。2014年にプラネット・テーブル株式会社を設立し、『SEND(2017年グッドデザイン金賞受賞)』、『Farmpay』など、“食べる未来” に向けた事業を生み出し続けている。Next Rising Star Award(Forbes Japan) 受賞、 EY Innovative Startup Award(EY) 受賞。東京都「地域版第4次産業革命推進プロジェクト」推進委員ほか。
未来の「食」
講義は一つの問いかけから始まりました「未来の食はどうなっていると思いますか?」学生達は突然の問いに戸惑っていたようでしたが「思いつきで構いませんよ」という菊池さんの言葉に後押しされるように、少しずつアイデアを発言し始めました。調味料から栄養素が取れる、1粒のサプリメントで1日の栄養がまかなえる、今食べられないものが食べられるようになる、3Dプリンターが活用される。等々..。
こうした予備知識のないアイデアでも菊池さんは否定せず、ありうる可能性について一つずつ丁寧にコメントされました。そして、自分のインスピレーションが何より大事であること、インスピレーションからこそ新しい需要や研究を作り出すことができると語りました。
「継いでくれ」から始まった
きっかけは一本の電話でした。祖母から農家を「継いでくれ」とお願いされ、菊池さんは農業に携わることになりました。週末に東京から山形へ移動しての農業。試行錯誤を繰り返す中で農業の面白さに気づいたそうです。その反面、大切に育てた農作物が規格などによってはじかれてしまったり、大切に扱ってもらえなかった際には、悔しく悲しい気持ちを感じることが多くありました。
また、作物を誰に食べてもらっているのか、消費者からの声が聞こえない事への不安も感じました。消費者も生産者も悪くないのに、農業の仕組みは何故こうなのか?と疑念を抱き、農業の仕組みと未来をよりよいものへ変えていきたいという想いから始まったのがSENDだそうです。
SENDについて
SENDは、生産者の持続的な生産活動を支える流通プラットフォームです。生産者は「需要予測」に基づき生産・一括出荷を行うことで、効率的・高収入な取引を実現できます。また、購入者は、365日いつでも注文でき、前日・当日に収穫された高鮮度の食材を「同時に」そろえることができます。SENDはIT/データ解析技術により需要を予測し、数量ギャップやタイムラグを解消し、フードロスを極小化した流通を実現しています。
SEND公式サイト「SENDの仕組み」より画像引用
仕組みのデザイン
SENDはITを活用したサービスですが、デジタル技術だけに頼りきっていない点を強調されていました。SENDの需要予測は、データを徹底的に分析して割り出しているとのことですが、それでも完全な予測は難しく、わずかなズレが生じます。その際、配達される方とシェフのコミュニケーションが重要で「余っているのですが、もうひとつどうですか?」「少なく注文したけど、余っているならもう少し欲しいな」という人と人とのやり取りによって、貴重な農作物のロスを防げるとのことなのです。
「技術の力」と「人同士の対話」を組み合わせて予測しにくい需要に柔軟に対応する。すべてをITに任せるわけではなく、人間のコミュニケーションが必要な場面ではきちんと生かすことが重要だと菊池さんは考えています。
すべての人が「食べ物に参加する社会」
これからの社会に必要なのは、食べ物に関心を持ち、参加できる仕組みづくりだそうです。今の社会は食べ物に無関心であるのが当たり前、という風潮がある。それを少しずつ変えていくことで社会はより良くなっていくのではないか。食べ物に対して、誰が作ったのだろう、どんな栄養があるのだろう、どんな方法で産地から送られてきたのだろう。そうした小さな関心から始まっても良い。それから少しずつ、料理をしてみよう、作物を作ってみよう、という形に広がっていくかもしれない。さらには、農業の担い手が生まれるかもしれない。菊池さんはそうした社会を実現することをビジョンとして掲げているとのことでした。
グッドデザイン賞について
前半の講義が終了したのち、日本デザイン振興会の矢島進二氏からグッドデザイン賞についての説明がありました。グッドデザイン賞は1957年に創設された日本で唯一の総合的なデザイン評価・推奨の仕組み。デザインを通じて産業や生活文化を高めることが目標で、国内外の多くの企業やデザイナーが参加しているとのことです。
2018年にグッドデザイン大賞を受賞した作品は「おてらおやつクラブ」。お寺に集まるお供え物を、支援団体と協力して、経済的に困難な状況にある家庭へおすそ分けする「取り組み」のデザインだったとのことでした。最近ではモノだけではなく、こうした活動自体が高い評価を受けるとのことで、デザインのあり方が大きく変わっていることを感じました。
対話型ワークショップ
前半の講義は菊池さんが実際に手がけている事業のお話でしたが、後半のワークショップはガラリと雰囲気が変わり、学生も交えた対談形式で行われました。菊池さんが最初に提示したのは、Businessは「忙しい(busy)」や「金もうけ」というイメージがあるが、本来の意味は自分の関心をケア、支えることである。ということでした。そうしたビジネスという言葉の持つ本質を前提に、「あなたがいいと思う、又はよく使う事業(コト、サービス、プロジェクト、イベント)とは?」「あなたが事業を始めるとしたら何がしたいか?」という二つの質問が学生に投げかけられました。
学生たちの発言に対して、菊池さんは、なぜそれを使うのか?なぜ良いと思う?とそれぞれの発言に率直な質問を次々と投げかけ、普段何気なく使っているサービスの本質的な価値について意見を引き出していたのが印象的でした。そして最後のまとめとして、イノベーションとは知と知の組み合わせである。自分だけで考えるのではなく、広く情報集め、知識を増やすことがアイデアを生み出す土台となると語られました。特に自分の中にある疑問や違和感を見つめ、それを解決しようとする姿勢がとても大切だと締めくくられました。
編集後記
今回の講義で学んだ事は、イノベーションが知と知の組み合わせであり、デザインは観察・共感・課題発見・解決策の発想・改善の繰り返しであるということです。そして、アイデア発想には自分が関わっている「自分事」から始めることが重要なことであるということも学びました。「自分事」への共感や興味関心の高さは、リアルな課題発見への新しい視点につながります。加えて、広く情報を集め、知識を増やすことがアイデアを生み出す土台となります。その土台に、新たな視点を与え続ける。サービスは時代やユーザーの使い方の変化に対応して改善されていくのでしょう。
こうしたサイクルの継続は、最善策が1つではなく変化していく、ということを示しているはずです。今後、私たちがデザインしていくモノやコトも、状況に応じて変化していくのだと考える機会となりました。
今回の講義を通してビジネスモデルの仕組みやアイディアについて学ぶことができました。この貴重な経験は、これからの学びやデザインにきっと生かしていけるのではないでしょうか。
編集部(赤坂捺美/佐竹葉月)