人が成長していく時間はどんなカタチをしているでしょうか?多くの人は、そうであって欲しいという願望も含め、日々少しずつ出来ることが増えていくような漸進的な右肩上がりの線を思い描くのではないでしょうか。そういえば、私たちが持っている成長観に一番影響を与えていると思われる発達心理学者J.ピアジェの発達段階説もカタチとしてはやはり漸進的なものと言えますし、また近年、教育においてもPDCAサイクルを回すべしというようなことが言われるようなっているのも私たちが人の成長を社会的レベルで「ある連続体における量的拡大」と見なしていることの現れだと言えるでしょう。
ところが、発達脳科学者の多賀厳太郎さんは人の成長は「U字型」をしていると言います(多賀厳太郎『脳と身体の動的デザイン–運動・知覚の非線形力学と発達』(金子書房、2002年))。
多賀さんによれば、赤ちゃんがいろいろな体の動きを獲得していくときには、一度は出来るようになったかに見えた動きがいったん消えてしまい、その後に再びその動きが現れたときに本当の意味で出来るようになっている、というプロセスを経るのだそうです。このようなプロセスはより複雑な認知機能や感覚運動協応などの獲得にも見出されるようなので、「U字型」は人の成長のカタチとしてある程度普遍的なものだと考えられます。
この「U字型」のカタチの意味、いったん出来なくなることの意味については完全に明らかになったわけではないようですが、少なくとも人の成長は少しずつだんだん出来るようになっていくような漸進的なプロセスではないということは言えそうです。なぜなら、U字の谷を挟んだ前後では見た目は同じでもその行動なり認知なりの本質的な意味は全く異なるものになっているからです。むしろ、小さな構造的変化、もっと言えば一旦蛹になって羽化するようなプロセスを何度も繰り返しながらその生を終えるまで「変身」し続けるのが私たちなのです。
そのような実際はとてもドラマチックな成長のプロセスに対して、私たちが持っているイメージはもしかしたら私たち自身の人生を少しつまらなくしているのかもしれませんし、PlanしてDoした結果、もはやPlanしたときの尺度ではCheck出来なくなってしまっているほどに変容してしまっていることが私たちの成長の本当の姿なのだとすれば(実際、一旦身についた能力の身につく前の状態を思い出すのはとても難しいことです。例えば、自転車に乗れようになっている人を再び自転車に「乗れなくする」のはほとんど不可能でしょう)、成長やそれを促す教育をPDCAサイクルが可能であるかのようなイメージで捉えることが、私たちの成長をどこかで邪魔してしまっていることさえあるのかもしれません。
脳と身体の動的デザイン―運動・知覚の非線形力学と発達 (身体とシステム)
多賀 厳太郎 (著)
単行本: 223ページ
出版社: 金子書房 (2002/2/1)
言語: 日本語
ISBN-10: 4760895159
ISBN-13: 978-4760895151
発売日: 2002/2/1
宮城大学
事業構想学群
価値創造デザイン学類
茅原 拓朗