板碑に供養など意味が込められているなどという話を聞き、自分の祖母の家のすぐ近くに石碑みたいなのが何個もあることを思い出す。その石碑は何の意味があるのだろう(佐藤勝太)

発酵食品の話が始まった時、「これ、祈りとどう関係するんだ??」という疑問が沸き上がってきた。しかし話が進むにつれて、米と信仰の関わりが見えてきて夢中で聞き入ってしまった。食品と祈りは全く別ジャンルだし結びつかないだろうと勝手に思い込んでいたのだ(相樂菜摘)

留学先で出会ったヨーロッパ出身の学生に、日本特有の「八百万の神」の考え方を話そうと思ったのだが、その概念の存在しない文化圏の人に説明することは至難の業であった。彼女は、「神社に行ったら何に対して祈るのか?」と質問してきたのだが、日本の信仰の特徴を説明することは本当に難しい。(関春乃)

「米は神」。非常に興味深い内容だった。私たちが普段食べている主食を神とするという発想が私にはなかった。いわゆるゾロアスター教のように火を神聖視するといったようなことであれば理解できるのだが、食物を神に据えて、あまつさえそれを食べてしまうというのは神に対してそれでいいのかという気さえしてくる(菊地亮太)

まさか授業中に先生が「刀剣乱舞」を調べる日が来るとは誰が想像できただろうか。実は彼らは刀であり刀ではない。刀に宿る付喪神が「刀剣男士」として人間の形をもって顕現したという設定なのだ。つまり、あのシャープな男性たちは神様なのである。(櫻井緋里)

「返杯」という言葉自体が廃れてしまったし、言葉を知っている人も相手の杯に酒をつぎ返すことと理解している場合が多いと思うが、本来返杯とは自分が使った杯に酒をついで相手に返すことであった。また、様々な集団で血縁的な関係を取り結ぶ際のイニシエーションとして「回し飲み(ひとつの器から酒を分かち合う)」が行われるのもまた同じことである。(茅原拓朗)

スサノヲから連想して一つ。Love So Sweetでおなじみの嵐には、「心の空」という曲があります。その中での櫻井翔氏の作詞ラップに”風よけさえも蹴散らしてしまう暴風……それを君たちは知ってるでしょ?”っていうのがある。つまり嵐。彼は他の曲にも日本神話をちょいちょい入れてきて、さらに韻を踏んで纏めてきます。かっこよ。日本神話を知らないからそれが読み解けないなんてもったいない。(小野永莉子)

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